Special Course
salad
規則正しく、包丁の下ろされる音がする。
自分に背を向けて、まな板に向かっているその後姿を見つめる。
一緒に暮らすようになってからずっと、繰り返されている風景。
自然と、頬が緩む。
でも、この時間は、幸せなんだけれど、それと同時にすごく暇なのだ。
料理中は、全く相手をしてくれないから。
刃物や火を使っているから危ないと言われているし、それは十分分かっている。
でも。
気付かれないようにそっと、背後から近付こうとすると。
「ディーン」
後ろに目があるかのようにタイミングよく、鋭い声が掛けられる。
「危ないから近寄るなと言ったはずだ」
「別に何もしないからさ、いいだろ?」
「・・・・・・。だめだ」
前科があるだけに、何もしないという言葉は信じてもらえなかったようだ。
それでも、隙を窺っている自分の気配に、手を止めて、呆れたように振り向く。
「・・・邪魔をするなら、作らないぞ」
「そしたら、代わりにグレッグを食べ、・・・」
続きは、鋭い視線に遮られて、言えなかった。
本当は、エプロン姿で睨まれたって全然迫力がないのだけれど。
あまり怒らせると、本当に作ってくれなくなるだろうから。
それだけは、嫌だ。
「・・・ゴメンナサイ」
素直に、引き下がっておく。
その様子に安心したのか、再びまな板に向き直る。
何を作っているんだろうと覗き込むと、
「えー、もしかして、それ、野菜サラダ?」
適当なサイズに切られている生野菜の小山を見て、思わず嫌そうな声が漏れた。
「肉がいい、肉ー」
野菜は、苦手だ。
「うるさいぞ、ディーン。お前は野菜を食べなさ過ぎだ」
「だって美味くないんだから仕方ないだろ」
そう言うと、仕方がないなというようにため息をつき、
「・・・ガーリック味のドレッシングにしてやるから、食べろ」
「え?マジ?それなら食べる!」
自分の好みを、分かってくれているのが嬉しかった。
思わず飛び付きたくなったのは、何とか抑えたけれど。
soup
「グレッグー、」
「何だ」
「好き」
「・・・・・・」
軽く、無視された。
「なあなあグレッグー、」
「・・・・・・」
今度は振り向いてさえもくれない。
「グレッグ、す、」
「邪魔するなら作らないと言っただろう」
自分の言葉を遮るように言われる。
「えー、邪魔してないじゃん。触ってないし、近寄ってもないし。
それとも、オレに、好きって言われるの、嫌?」
「・・・・・・」
相手にしないことを決め込んだのだろうか。
少しは、動揺してくれてもいいと思うのだけれど、平然として鍋をかき回している。
それから、何度か繰り返してみたけれど、まったく効果はない。
ふと、思いついた言葉があった。
これなら、少しは効いてほしいという願いも込めて、言葉を唇に乗せる。
「グレッグ、・・・愛してる」
がしゃん、と、派手な音を立てて、スープの味見をしていたお玉を取り落とした。
「っ、・・・熱っ、…」
「!グレッグ!」
その拍子に、熱い鍋でも触ってしまったのだろうか。
「見せて」
動揺して動けないでいるその手を取ると、右手の小指が、赤くなっていた。
そのままシンクまで引っ張っていって、流水に指を浸させる。
「・・・悪ィな・・・」
ややあって、落ち着きを取り戻したようだった。
「もう、平気かな」
「ああ、」
水から上げた指先は、まだ赤い色をしていた。
「まだ、赤いね。うーん、舐めとけば治るかな」
「・・・は?何馬鹿なこと言って、・・・っ!」
赤くなっている部分を軽く舐めてみると、僅かにその身体が震えたようだった。
もしかして、と思い、指先を口に含んで、舌を這わせてみる。
「・・・っ、・・・」
思ったとおり、眉根を顰めて、何かを堪えるような表情をするから。
調子に乗って、さらに指を根元まで銜え込む。
「・・・感じるんだ?」
「・・・、バカ、言って、・・・っ、」
指の根元を甘噛みすると、面白いように反応が返ってくる。
「・・・っ、はな、せ、・・・」
そう、抗議するのと同時に、別のところからも抗議が挙がった。
火に掛けられっぱなしだった鍋が、吹き零れようとしている。
「っ、ディーン、離せ!」
それに気付くと、慌てて自分を引き剥がし、火を止めに向かう。
「・・・うわあ、主婦だなあ・・・」
「うるさいっ!味が落ちたらお前のせいだからな」
負け惜しみのように言う台詞も、なんだか主婦みたいだ、なんて思ったのは黙っておいた。
代わりに言った言葉も、少し動揺させるのに成功したみたいだったけど。
「オレは、グレッグの作ってくれたものなら何でも良いから、気にしないけどな」
「・・・っ、お前は、黙って、大人しく、座ってろ!」
main dish
「ディーン。俺は、座ってろと言ったよな」
「うん」
「分かっているのなら離れろ」
「やだ」
フライパンを握っているグレッグの背中にぴったりと張り付く。
先程の動揺の余韻なのか、少し甘くなっていた背後を狙って。
「・・・、火を使っているときは、危ないだろう」
平静を保っているように見せたいみたいだけれど。
少し、鼓動が早くなっているのは、これだけ密着していれば分かる。
「うん。でも、大丈夫」
「何が大丈夫、だ。お前は丸焦げの肉を食いたいのか」
「ううん。でも、グレッグはそんなことしないから、大丈夫」
しばし沈黙が流れる。
どうやって、離れるつもりのない自分を引き剥がすか、考えているようだった。
「・・・・・・。いいから、離れろ」
「嫌だ。何もしないからさ、このままで、いさせて」
ずっと、くっついていたい。
だけど、そんな気持ちはなかなか分かってくれないみたいで。
「この状態でも、充分邪魔なんだが」
「じゃあさ、退く代わりに、オレの言う事聞いてくれる?」
ちょっと、意地悪な事を言ってみたくなった。
「・・・何だ」
「・・・後で、グレッグ、食べさせて」
耳元で、囁く。
「・・・っ、」
動揺して、手元が狂う。
フライパンから、危うく中身が零れ落ちそうになる。
「わっ、危ない!」
「お前のせいだろう!」
「それよりさ、ね、いい?」
自分を責める声を遮って、念を押すように、問う。
嫌だという返事が返ってくるだろうことは分かっているけれど。
「・・・ああもう分かったから退け」
「―――!いいの?」
「・・・何度も聞くな」
驚いて問い返す自分に、ぶっきらぼうに返してくれる。
表情は見えなかったけれど、耳が、赤く染まっているのが見えたから。
「うん。じゃ、楽しみにしてる」
一時、その場所を離れた。
―――そうして、今日のメインディッシュが完成(決定)した。
dessert?
「ごちそうさま!あー美味かった!」
出された料理を、いつものように全部たいらげて。
「・・・そうか」
グレッグも、満足気に頷く。
お腹も一杯になったところで。
「何かデザート食いたい」
グレッグは、ちょっと困ったように、
「そんなもの、用意してないぞ」
「あるじゃん。すっげー、美味しそうなのが」
「・・・・・・?」
わけが分からないといった顔のグレッグのそばに歩み寄って。
「それじゃ、いただきます」
手始めに、美味しそうな唇に、食い付いた。
グレッグさんかわい……!!
ディーンは本当に天然タラシですね(微笑)。
ココロさま、ナイスディングレありがとうございますー!
グレッグさんのおいしそうな箇所というとアレとアレでしょうか……。
最後にクリームだかミルクだかトッピングするのですね!
くそう、ディーンめッ!!(笑)
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