若葉のころ




 本が、地面に落ちていた。
 ………レベッカってしっかりしてるんだかしてないんだかわからないよなあ。
 見覚えのあるブックカバーは、確かレベッカが持っていた内の一つだ。
 拾い上げ、土汚れを払う。
 今回拾ったのは幸運にもポエムノートじゃない、市販の小説のようだ。
 念のためカバーをめくってみる。見るからに、ディーンが苦手そうな甘ったるい恋愛小説のタイトルが付けられていた。
 本の終わり近くから、栞が飛び出ているのが見えた。
 何となく、そのページを開いてみる。
 別に、レベッカの書いた物じゃないし、怒られないよな?
 見込みの甘さに気付かぬまま、物語の終盤に目を通す。
 当然、どういう展開があったかなどわからないが、終わり近くで名前が並ぶということは、恐らく主役なのだろう。
 男と女が、互いを認め、駆け寄り、そして。
「……うわ……ッ」
「…………ッ、ディーン!!」
 聞き慣れた呼び声に、頭を上げる。
 息せき切った、レベッカがそこに居た。
 顔が赤く染まっているのは、何も走ってきたせいだけではないだろう。
 それがよく解る。
 静かなのは前兆だ。
 来る。
「中、読んだでしょーッ!!」
「ご、ごめん」
 ぱたぱたと走り寄る少女に、さっきまで見ていた本の情景が連想される。
 近付いて、あの後。
 急ブレーキを掛けて止まるレベッカは、小説のヒロインみたいにはいかない。まなじりを吊り上げ、もうッ、と憤慨して見せた。
 どうにも直視できなくて、ディーンはやや視線を外しながら、レベッカに再び謝った。
 それは、あまり読んだりしない恋愛小説のせいだ、と心の中で毒づく。
「どうして読んじゃうのッ!ばかばかッ」
 レベッカもちょっとぷっつんキているが、ディーンも負けず劣らずパニックを起こしていた。
 自分と目の前の少女の距離とか、普段は考えもしないことを思ってしまう。
 そして、ディーンに衝撃を与えた小説のシーンが同時に、頭の中で展開されて。
 処理能力の限界を突破した脳が、最優先事項を片付けるべく、行動した。
 文字をなぞるように。
 近づいてきた相手を、抱き寄せて。
「ディ、ディーンッ!?」
 レベッカはディーンの腕の中で怒鳴るかわりに、慌てた声を発した。
 ……確かに、一番厄介なことは解決した。
 だけど、もっとややこしくなってるじゃないかッ。
 真っ赤に染まったレベッカの顔を見ている暇も無い。
 ディーンはレベッカを抱きしめたまま、ぐるぐると考えを巡らせる。
 どうしよう。これからどうしたらいいんだッ!?
 テンパってやっちゃいました、なんて言った日にはファイネストアーツを食らっても文句は言えない。
 この状況を打開する、かもしれない、方法を書いた本の続きはまだ読んでいない。
 つまりディーンは自力でそれを編み出さなければならない。
 ……諦めない限りヒトは何だって出来る……ッ!!
 合言葉とともに解決方法を探ろうとした、矢先。
「ディーン……?」
 軽く、胸を押す手のひら。
 レベッカの方から、離れようとしている。
 そう、感じてディーンは、逃がすまいと、もう一度抱きしめ直した。
 今度はレベッカも何も言わない。
 言わないというより、言えないだけだが。
 ディーンはといえば。
 なんで抱き直したりしてるんだオレはッ。
 更なる問題を抱えてしまったりしていた。





多分、コバルト系の恋愛小説じゃないかと
(下に要反転で勝手なおまけ。アヴレベっぽいです…)

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「ディーン、レベッカ。なにをしているのですか?」
「ア、アヴリルッ!?」
 唐突に掛けられた声に、ディーンとレベッカの声が重なる。
 と、同時に膠着状態も解ける。
「な、なんでもないよ!なんでも」
「そ、そうそうッ」
 説明するのも難しい状態で。
 さらに説明するのも恥ずかしく。
 二人がぎくしゃくと、照れながら、言い訳にもならない言い訳をしている間で、アヴリルはきょとん、と二人を見つめ、そして。
「ディーンがレベッカをだきしめていました」
「そ、そう見えたかもねッ」
「み、見えたかもだけどッ!」
 二人の話を聴いて、アヴリルはにっこり笑って頷いた。
「レベッカはだきごこちよさそうですから」
「…………え?」
 また、ディーンとレベッカの声が調和する。
 だきしめたくなるのも、よくわかります、とアヴリルが二人の呆気に取られた様子に気づかないまま、結論づける。
「わたくしも、だきしめてもいいですか?」
「あ、あたしを?」
 はい、といつもと変わらぬ微笑を浮かべるアヴリルに、戸惑いながらもレベッカは許可を出す。
 レベッカが広げたアヴリルの両腕に近づくと、ゆっくりとした動作で中に閉じ込められた。
 アヴリルはレベッカの頭や背中をゆっくりと撫でながら、満足そうに二人に笑顔で告げる。
「とってもきもちがいいです」
「そ、そう……」
「……よ、良かったな……?」
「はい」
 誤魔化せたことに安堵しながら、これでよかったのかなあと幼馴染二人は、心の中で同じことを思っていた。