1.それは恋に似て
どうすればいいのかわからない。
胸のうちでそっと溜息とともに愚痴を吐き出す。
きっかけが何だったのか。そもそもこれは自分が思うような感情なのか。未だに曖昧模糊として、心の中を漠然と漂うだけの想いに、意識を向ける。
一緒にこの荒野を渡り歩くようになってからか?
それともそれ以前……列車でライラベルまで行くようになったあの時か?
だが、と打ち消す。
ほんの少し前まで、この胸のうちに占めていたのは間違いなく幼馴染の少女だった。いや、今も彼女を忘れることはない。
彼も、同じだ。
たかだか(そしてあまりにも永い)二年しか隔てていない悲劇の前にあった幸せと、大切な、忘れようもないひと(たち)を想っている。想い続ける。
境遇が、少しだけ似ている。別に自分は彼女を亡くしたわけではないのだから、似ていると言うのはおこがましいのかもしれない。ただ、隣に立つ権利が無くなったというだけ。
以前までならば、彼女を失ったことを嘆き悲しんだだろう。諦観をもって。
諦め、逃げ、そしてやはり、と思うのだけ。
『どうせボクの前から皆いなくなる。大切なヒトは、みんな』
諦めと共に、こんなセリフを口にしていただろう。
今は、どうだろうとチャックは内面を探る。
諦めたのではない。自信を持っていえる。
彼女が、あまりに幸せそうだったから。雇われた家だから、その家の主であるから、そんなことの為に浮かべられる笑みではないことを、十分知っていた。
間近で、見てきていたからこそ、言える。
それにこれが諦めだとしたら、どうして悔しさなど感じるだろう。
ただ、この心には胸を焼くような後悔だけ。
もう2度とこんな想いをしたくはないと思う。
大切だと思う人の手を、離すような真似を、したくはない。
そして思考は開始点へ戻る。
────どうしたらいい?どう、すれば。
「何をぼうっとしてる」
前方から低い声が降ってくる。
こんな声は一人しか知らない。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してたんだ。グレッグ」
そうか、とだけ答えて、帽子を指で下げる。その仕草を、見るつもりが無くても不思議と目が追う。
なぜ、と自分に問い掛けても答えはでない。
声を探す。目で追う。
理屈じゃない。
チャックッ、グレッグッ!とかなり離れた前のほうから声が聞こえる。気を散らしてる間に離れてしまっていたようだ。前を行く仲間たちが砂煙の向こうで手を振っている。
「こっちもこっちだが、あっちもあっちだな」
やれやれと溜息をつくグレッグが、ややスピードを上げて歩き出す。離れてしまった仲間たちはそこで待ってくれているようだ。
「それは、ボクが置いていかれてることに気づかなかったことと、置いていってることに気づかないディーンたちのことかい?」
同じように速度を上げて歩くチャックが問えば、グレッグはちらりと横目で見たあとにすぐに視線を前に戻す。
その目はそれ以外に無いだろう、と語っていた。苦笑で返す他にない。
「お父さんは大変だねえ」
「………………」
今度は目も向けてはくれなかった。
その呆れたような、文句を言いたげな横顔を見ながら、密かに決意する。
悔しい思いはしたくない。その気持ちが焦りを産んでいることも知っていた。
だけど、これだけは。焦って、慌てて行動すると、決めた。
まだこれをなんと呼ぶのか、呼ばれるのか知らなくても。
互いに別の誰かをまだ、想おうとも。
忘れられないなら忘れないまま。
手を、伸ばす。
逆じゃないです、逆じゃ
back←/→
next