ボクらがたどり着いたころには既に手遅れで、ハウムードは元の賑やかだっただろう、平和だったろう街並みの名残は、どこにも無かった。
 あったのは、『ゴーレムの左腕』を持った男と。
 そして理不尽な力に屈して佇む街と人だけ。



 グレッグの、復讐は為らなかった。






8 彼岸まで




 彼は死ななかったが、彼の想いが届くことはなかった。
 決して良かったと手放しに言える状態ではない。それでも、どこか安堵するボクがいる。
 死んでも、おかしくなかった、あの状況下で。
 彼が死なずにすんだことが、なにより嬉しかった。  壊れたハウムードの片付けを手伝って、ようやくひと段落したとき、グレッグが一人立っているのが見えて、思わず駆け寄る。
 グレッグは潮風に吹かれ、海を見ていた。
 ボクには、海よりも、もっと遥か遠くを見ているように思える。
 例えば、届かないヒトを想うような。そんな眼だ。
「……前にさ、似てるってボクが言ったのを覚えてるかい」
 ボクが後ろにいることに気づいていたのか、驚きはしない。
 ちらりと静かにこちらを見て、また同じように静かに、海を見つめる。
「あのときは、表面上の……それしか見えなかったけれど、今は、判るよ。
 ボクとキミは、本当に、似すぎていたんだね」
 ボクは大切なひとが、好きになったひとがいなくなるのがとても怖かった。
 偶然と片付けられる出来事ですら、連鎖すればそれが必然だと思い込む。
 そして、失う理由を求めたとき。ボクは自身に理由を課した。
 ボクと関わることで、ヒトが死ぬのだと。
 だからボクはボクの大切なひとのもとを離れ、一人になった。
 一箇所に留まることなく、あてどなく旅をする。
 そうすれば、ボクは大切なヒトを得なくて済む。
 得なければ、失うことも無い。
 グレッグは大切な人を失った。失った理由は、失うと同時に眼前に示された。
 それが、『ゴーレムの左腕』。
 だから彼は『ゴーレムの左腕』を憎んだ。おそらくゴーレムそのものも憎んだに違いない。
 そして彼は一人、復讐の旅に出る。
 復讐に固執している間は、彼の痛みが和らぐから。
 一人のさみしさも。
 大切な人を失う、その苦しみも。
 …………それに。
 ひとりでいれば、やはり、大切なひとを、見つけなくてすむからだ。
 二人が二人とも、大切な誰かを得ることに、臆病になっていたのだ。
 自分の気持ちに蓋をして、気づかせないようにするくらいには、怯えていたのだ。
 失うのが怖い。なら、見つけなければいい。
 少し、けれど決定的に違うのは。
 ボクはそれでも生きていたかったし、彼はもう、生きていたくは、なかったのだ。
 たったそれだけの、とても大きな差。
 理解し合えない、深い溝だ。
 ……これだけは、彼でないと解らないのだろう。
 でも、彼にだってボクの考えで理解できないところがあるだろう。
 似てるから、じゃない。
 助けたかったから、でもない。
「ボクは、やっぱりキミが好きなんだ」
 荒れ果てた街に場違いなほど、明るい青空の下、ボクが独り言のように呟けば、グレッグはようやくボクに向き直った。
 背中を向けていたときとは違う、どこか、緊張を滲ませて。
 彼の背後が海でなければ、距離を取られただろう。
 ゆるやかに、胸が痛む。
 そう、ゆるく、だ。
 半狂乱になって取り乱したりは、しない。
 ボクの不安を掻き立てる要因が揃ってないせいだけじゃなく、変わったんだ。心が。
 あの夜。
 グレッグが、受け入れてくれたから。
 失う怖さがあった。
 でも、今は。
 受け入れてくれる、その嬉しさを、知ったから。
「……返事はないのかい?」
 素直に、彼の答えを受け止められる。
「俺は、そういった感情を、お前に持ってない」
 すまん、と言って顔を隠す。
「だろうね」
 胸が痛む。でも、大丈夫。
 だって、まだ。
 やれることが、あるから。
「それでも、グレッグが好きだって気持ちは変わりない。
 好きだよ。だから」
 こんな状況で。
 最低なスタートだけど。
「頑張らせてもらうことにするよ」
 そう、晴れやかな気分で宣言すれば、グレッグがうろたえる。
 動揺しすぎて海に転落しかねないグレッグを見て、ボクは笑った。



 手を伸ばす。
 届くまでは、諦めない。






「似てる」云々は、あくまでこのお話の中でだけの、結論です
書いてる本人もこんなだと思ってません……(ダメダメだ)
・「悲願まで」と途中で改題したくなりました(笑)

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