彼は死ななかったが、彼の想いが届くことはなかった。
決して良かったと手放しに言える状態ではない。それでも、どこか安堵するボクがいる。
死んでも、おかしくなかった、あの状況下で。
彼が死なずにすんだことが、なにより嬉しかった。
壊れたハウムードの片付けを手伝って、ようやくひと段落したとき、グレッグが一人立っているのが見えて、思わず駆け寄る。
グレッグは潮風に吹かれ、海を見ていた。
ボクには、海よりも、もっと遥か遠くを見ているように思える。
例えば、届かないヒトを想うような。そんな眼だ。
「……前にさ、似てるってボクが言ったのを覚えてるかい」
ボクが後ろにいることに気づいていたのか、驚きはしない。
ちらりと静かにこちらを見て、また同じように静かに、海を見つめる。
「あのときは、表面上の……それしか見えなかったけれど、今は、判るよ。
ボクとキミは、本当に、似すぎていたんだね」
ボクは大切なひとが、好きになったひとがいなくなるのがとても怖かった。
偶然と片付けられる出来事ですら、連鎖すればそれが必然だと思い込む。
そして、失う理由を求めたとき。ボクは自身に理由を課した。
ボクと関わることで、ヒトが死ぬのだと。
だからボクはボクの大切なひとのもとを離れ、一人になった。
一箇所に留まることなく、あてどなく旅をする。
そうすれば、ボクは大切なヒトを得なくて済む。
得なければ、失うことも無い。
グレッグは大切な人を失った。失った理由は、失うと同時に眼前に示された。
それが、『ゴーレムの左腕』。
だから彼は『ゴーレムの左腕』を憎んだ。おそらくゴーレムそのものも憎んだに違いない。
そして彼は一人、復讐の旅に出る。
復讐に固執している間は、彼の痛みが和らぐから。
一人のさみしさも。
大切な人を失う、その苦しみも。
…………それに。
ひとりでいれば、やはり、大切なひとを、見つけなくてすむからだ。
二人が二人とも、大切な誰かを得ることに、臆病になっていたのだ。
自分の気持ちに蓋をして、気づかせないようにするくらいには、怯えていたのだ。
失うのが怖い。なら、見つけなければいい。
少し、けれど決定的に違うのは。
ボクはそれでも生きていたかったし、彼はもう、生きていたくは、なかったのだ。
たったそれだけの、とても大きな差。
理解し合えない、深い溝だ。
……これだけは、彼でないと解らないのだろう。
でも、彼にだってボクの考えで理解できないところがあるだろう。
似てるから、じゃない。
助けたかったから、でもない。
「ボクは、やっぱりキミが好きなんだ」
荒れ果てた街に場違いなほど、明るい青空の下、ボクが独り言のように呟けば、グレッグはようやくボクに向き直った。
背中を向けていたときとは違う、どこか、緊張を滲ませて。
彼の背後が海でなければ、距離を取られただろう。
ゆるやかに、胸が痛む。
そう、ゆるく、だ。
半狂乱になって取り乱したりは、しない。
ボクの不安を掻き立てる要因が揃ってないせいだけじゃなく、変わったんだ。心が。
あの夜。
グレッグが、受け入れてくれたから。
失う怖さがあった。
でも、今は。
受け入れてくれる、その嬉しさを、知ったから。
「……返事はないのかい?」
素直に、彼の答えを受け止められる。
「俺は、そういった感情を、お前に持ってない」
すまん、と言って顔を隠す。
「だろうね」
胸が痛む。でも、大丈夫。
だって、まだ。
やれることが、あるから。
「それでも、グレッグが好きだって気持ちは変わりない。
好きだよ。だから」
こんな状況で。
最低なスタートだけど。
「頑張らせてもらうことにするよ」
そう、晴れやかな気分で宣言すれば、グレッグがうろたえる。
動揺しすぎて海に転落しかねないグレッグを見て、ボクは笑った。
手を伸ばす。
届くまでは、諦めない。
「似てる」云々は、あくまでこのお話の中でだけの、結論です
書いてる本人もこんなだと思ってません……(ダメダメだ)
・「悲願まで」と途中で改題したくなりました(笑)
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