世の中には知らなくっていいことがある。気づかなくていい、感情ってものもある。
ボクの内に眠っていたその思いはまさしく、そのまま風化させておくべき代物だったんだ。
なのに、誤って、目覚めさせてしまった。
思い返してみれば、それはもう、かなり初めの頃からだった。
気がついたら目がその人を探す。
……元々、彼がゴーレムクラッシャーと呼ばれて、ボクが追いかけてたせいだ、ってその時は思ってた。
さらに、グレッグが誰かと話してると、なんだか落ち着かなくなる。
落ち着かないついでに殺気立ってたみたいで、それにはグレッグが即座に反応してボクを振り向いた。その途端、なんでイライラしてたのか解らなくなるくらい、あっと言う間に氷解してしまう。
それならまだいい。
まだいい、で片付けていい問題でもない気はするけど、まだ、許せる。
許容範囲外の出来事に遭遇したのは、それからしばらくした、夜のこと。
……皆が寝静まってからこっそり輪を抜け出す。見つからないよう、こっそり。細心の注意を払って。
仲間が居るっていうのはとてもいいことだと思うけど、たまにはプライベートの時間だって欲しい。男ばかりなら、それでもある程度の気恥ずかしさは残るかもしれないが、理解してもらえたろうが半数は女性だ。いくらなんでも女性に知られるのは……どうにも不味い。
ある程度距離を取り、再度周囲を見渡し誰も居ないことを確認する。
今のうち、今のうちッ!
服の間に隠していた雑誌を取り出す。
女の子がきわどい格好してこちらに流し目を送っている。表紙に踊る文字もどうにも想像力を掻き立てられてしまう、そんな本だ。
我慢はよくない、我慢は。
仕方ないんだよ、生理現象なんだよと誰にとも無く言い訳を重ねる。
後ろめたさを感じてるくせに、ページをめくる指は正直だ。見えるか見えないかのギリギリから始まり、先へ進むほど過激になっていく。
男のアレを口に咥えた姿が出ると反射的に前屈みになる。
ブルネットの髪をした、色白で清楚な顔立ちの女の子なのに、ものすごくいやらしい。
耐え切れなくて、手早くジッパーを下ろして中から自分自身を取り出す。一抹の空しさを感じつつも、頭の中で顔のでない男優の代わりに自分を当てはめた。
実際のところ、誰かにしてもらったことなんてないから全部想像。
自分の手でスるのとは違うのだろうか、どんな感覚だろうかと思い描きながらも擦る手は止まらない。
……口の中にボクのを押し込むと、それを美味しそうに舐める。
悦んで竿を扱き、玉を揉んで、頭を動かす。
先走りですら一滴も零すまいと、懸命にほおばる姿がいじらしい。と、同時に、そんなに飲みたくてしょうがないのなら、意地悪したくてしょうがない。
終わりが近くなって、ボクにしゃぶり、吸い付く顔を一気に引き剥がした。
びゅっと勢いよく、白濁が飛び散る。
顔の至近距離から発射された白く、粘り気のある液体が顔や髪に付着した。
とろり、と音がしそうにぬめり、伝う液体を目の前のひとは無骨な指で拭うと、指を液ごと舐めとった。
赤い舌が指を舐める様すら艶かしく、ボクを誘う。
それだけじゃない。不満そうに、太い眉を顰めて、長めのダークブロンドの前髪の隙間から覗く翠の瞳がボクを見上げて……
…………ッ!?
興奮のあとの虚脱状態から一気に覚醒する。
雑誌の中の女の子は相変わらず同じ姿勢を保ったままで、顔の見えない男優を見上げている。ブルネットの髪の、女の子。
…………なのに、想像の中に出てきたのはダークブロンドの髪だった。
いや。それどころか……女の子ですら、ない。
よく見知った、彼が、ボクのを咥えてる姿を無意識の内に想像してしまっていた。想像しながら、イってしまった。
それはとりもなおさず、ボクが彼を性的対象と見ているってことで。
…………もっともっと、有体に表現すれば。
彼を、好いてるってことだ。
グレッグを。
じゃあ、彼を思わず見てしまっていたあれやこれやは、そういう思いゆえ、か。
至極当然、と納得した。
納得はした。
けれど、それじゃあ明日から告白しますと踏み切るには、自身の心にまだ折り合いがつけられそうもないほど、いまだ混乱していた。
混乱し続けて、いた。
それからしばらくは往生際悪くそうでないかもしれない、そうなのだろうと葛藤する毎日だった。
心の根っこではとうに負けを認めてるのに、頭が正解を拒否している。
誰かと話すだけでもムカムカしてくるっていうのに。
あれからずっと一人でするときはグレッグの顔を思い浮かべてるっていうのに、だ。
日に日に酷くなる一方だし、時には普通に歩いていてさえ彼を組み敷いて無体を強いることを考える始末。
いい加減、きっちり向き合うべきなのだと思った矢先に、転機が訪れた。
「……チャック、お前言いたいことがあるなら面と向かって言え」
「…………え?」
折りしも、その前の日にしがない想像をしていた翌日の、晴れた朝のこと。
グレッグが藪から棒に言い出した。
おそらく呆けた表情をしていたのだろう。ボクを溜息まじりに見やってから、もう一度、言葉を変えて言った。
「ここ最近、俺を見てただろう」
気づかれてた。
その内容までは流石に埒外だろうが、なんとなく、居心地が悪い。
脳内であんなことやこんなことをさせていた本人が、中身を知って叱りに来たみたいで。
「……言いたいことがあるんだろう」
ごめんなさい、と謝るのが筋か。
いきなり謝られてもなんのことかさっぱりだろう。おまけにいらないこと全部話してしまいそうだ。
なんでもない、と言い訳するしようか?
それこそ信用が無い。様子がおかしいのを気にしてくれてるんだから。
……気にして、くれてたんだ。
嬉しいなあ、なんて思って、いたら。
「で、何なんだ」
「え、ああ。
好きです付き合ってください。
………………。
………………!!」
今、ボク、さらっととんでもないこと口にしなかったかッ!?
「ああ、いいぜ」
しかもおかしな幻聴まで聴こえてきたよ、どうするッ!?
「グ、グレッグ、いいいまの」
「だから、付き合うんだろう」
「ちょっとそこまで買い物とかじゃないからねッ!?」
「解ってるに決まってんだろ」
「なん、なんでそんなに落ち着いて……!?」
「……今のは間違いか。なら聴かなかったことに」
途端に、冷水を頭からかけられたように青褪め、思わず叫んでいた。
「間違いじゃないッ!!」
グレッグがどんなつもりで頷いたのかなんて知らないけれど、この機を逃せば否定以外の返事なんか一生来ない気がする。
それこそ言質をとって、更に書面に書いてもらってハンコ押してこのまま婚姻届を出してしまいたい。
…………本気でそうしてやろうか……?
頷いたのはキミじゃないかと押し通して、言葉で縛り付けてそれから……。
「話はそれだけか?
ならもう行くぞ」
「ってえええッ!?」
制止の言葉を掛ける隙すら与えず、長い足があっという間に彼との間に距離を作った。
「ディーン、待たせたな」
「いいって。それより何の話してたんだ?」
呆然とグレッグの背中をボクは見守る。
足早に歩き去ったその背中が、また徐々に差を広げていく。
ディーンとそれはもう仲良さそうに肩を並べて歩く彼は、ディーンの質問に逡巡した後、いつもの癖で鍔を引き下げながら、言った。
こともなげに。
「つまらない話だ。
大したことじゃない」
今、なんて言いましたか?
つまらない話?
大したことじゃない?
…………全然わかってないんじゃないかッ!!
ボクの言ったことなんて一つも、本来の意味で伝わってないじゃないかッ!!
解ってないとしても、頷いたのは彼だし。
それに、まるで見せ付けるようにディーンといちゃいちゃしてるし。
「ふ、ふふふ」
決めたよ。決めましたよ。
身も心もボクから離れられないように躾けてやろうじゃないか。
雲ひとつ無く晴れ渡る青い空を見上げて。
晴れ晴れとした、けれど風が肌寒さを残す陽気の中で、あまりに似つかわしくない不謹慎な誓いを立てた。
「大したことないって……まあいいか。
あれ。なんかグレッグ、顔が赤くないか?熱でもあるんじゃないのか」
「……陽に当たりすぎたみたいだな」
だれですか?この乙女(笑)
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