珍しくそわそわしながら、パイクは言った。
「あのね、好きな子ができたんだ」
ほんのり、照れくさそうに頬を赤らめて。
「……ああ、そうかよ」
自分で出しておいて、なんなんだと、思うほどジェットの声は低かった。
まるで、不機嫌みたいな、温度の低い声だ。
ジェット自身が問うた問題に、機嫌が悪いのは当然だ、自答する。
元々こうして根掘り葉掘り訊ねられるのは好きではないし。
今日に至ってはジェットに想い出マニアらしく想い出について訊ねたりせずに、パイク自身の話しかしないのだから、退屈にもなろうというものだ。
厩舎で馬の面倒を見ながら、普段より5割増しの笑顔で、楽しそうに話す。
ジェットは背中を柵に預けながら、聞くつもりもない、パイクの『好きな人』に関する想い出を耳に入れた。
ちょっと背が小さくて(ヴァージニアよりも低いらしい)ことや。
髪の色は赤茶色で目は翠色をしていることや。
名前、年齢はともかく好きな食べ物、色、毎朝食べる物についてまで知っているのは仲が相当よろしいからか。
それとも。
…………コイツ、ストーカーじゃないのか……?
薄ら寒い予感に背筋を震わせる。
単なる想い出マニアで括っていいレベルを超えつつある、一応は顔見知りをどうやって諌めたら良いものか、ジェットは本気で思案し始めた。
「あ、僕の話ばっかりで悪かったね。
それじゃ今回の君の想い出、聞かせてくれる?」
水を向けられ、現実に返る。
振り向いた表情はやっぱりいつもより明るい。
面白くない、と思う感情を抱えたまま、毎度のことながら大分短くされたジェットの想い出に、なんの役にも立ちそうもない感想を付け加えられる。
少しだけ、表情が明るかったり、笑顔が無駄に眩しかったりするだけ。
なのに。
「楽しそうだな」
去り際にひとこと投げかければ、細目のままでわかりづらいが、きょとんとして、それから何のことか気づいたようでひとつ頷くと、いまいち変化がわかりづらい笑顔で、それでも心の底から幸せそうに笑んだ。
「楽しいよ。
彼女に関する新しい想い出が増えてくし、人生薔薇色だね」
ジェットは、その言葉に頷く代わりに無言で手を振って答えた。それきり振り返らず厩舎をあとにする。
振り返って見ることが、なぜか出来なかった。
翌朝、クレイボーンを発つときに、一人の少女を見かけた。
こんな早朝から町角に人影が立つことは珍しい。けれど、ジェットの目を引いたのはそういった理由ではない。大体、基本的にジェットは他人と積極的に関わろうと考えない。
それどころか、余程積極的に関わろうと相手側が働きかけないと、まず彼の視界で風景と化す。あまり積極的過ぎても背景のように扱われることもしばしばだが。
早朝に、道の端を歩く少女の外見になんら人目を引く要素はない。
赤茶色の髪をした小柄な、ごく普通の少女だ。
近づけばその瞳が翠だとわかる。
……別に、何がどうってわけでもないな。
ただ、なんとなく据わりが悪い。
「こらッ!!」
ぽか、っと小気味のよい音を立てて、ヴァージニアの拳が後頭部に直撃する。
油断が招いた事態とはいえ、突然の凶行に思わず反論する。
「いきなり何しやがるッ」
「なに睨みつけてるのよ。
あーあー。あの子怯えちゃってるじゃない」
かわいそうに、と言うヴァージニアの視線の先を追えば、先ほどの少女が早足で駆けていくのが見えた。
「睨んでねえよ」
ただ、少し見ていただけのことだ。睨んでいたつもりは、ない。
「でもよ、えらく熱心に見てたじゃねえか。
何だ?ああいうのが好みか?」
「興味ねえよ。お前じゃあるまいし」
アイツでも、ないわけだから。
煮え切らないかんじ
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