あれから、またしばらく間が開いてからヴァージニア一行は馴染みのクレイボーンを訪れた。
代わり映えのない光景。
見渡したところであれから何か変わったかと問われても判らないほどだ。
ただ、一人の出稼ぎの少年に苦い想い出を残す話があったくらいで。
「フられちゃった」
やっぱり代わり映えのあまりしない、けれど少しだけ気落ちしたように笑って、パイクは言った。
事の顛末、というほど大層なことでもない。
ごくありきたりな話。告白をしたら、別に好きな人がいるのと返されただけの、それ以上には発展しようもない、小さな想い出話だった。
パイクは僕のほうは、そんな感じだよと言った。
そのあとに何事もなかったように、ジェットにいつもの旅の想い出を訊ねる。
根掘り葉掘り訊かれるのは好きではないジェットに、パイクが自分で言ったこと以上のことを訊ねることは出来ない。
良くは知らなくとも、傷心なのは見れば解る。
だからこそ、余計に訊ねることが憚れる。
精々、苛立たしげに視線を投げつけるのが関の山だ。
けれど下から睨みつけるような目を、パイクは正しく解釈して返した。
「そんなに元気なく見える?
ごめんね心配かけて」
「……誰が心配なんかしてるか」
気に食わないだけだ、と声に出さずに結論を出す。
いつもは鬱陶しいくらいだというのに、それがなくなると調子が狂う。
「まあ、それなりに前の話だし、今となってはいい想い出になったと思ってる……んだけど、そうは見えないみたいだね」
覇気のない声が鼓膜を叩く。ジェットは肩を大きく下げて息を吐き出し、それから厩舎を後にした。
「その不景気なツラをどうにかしてから言いな」
そう、一言だけ残して。
「もー!あんたって子はーッ!!」
宿屋に戻るなり、解りやすいほどふくれっ面のヴァージニアと出会った。
「な、なんなんだよ一体」
「リーダーがあの話、聞いてしまいまして」
困った顔でジェットとヴァージニアを見ているクライヴが説明するが、何を指しているのか、意味不明だ。
「あの話だぁ?」
「お前のオトモダチの話だよ。振られたらしいじゃん」
かわいそうにねえ、と神妙に頷いてはいるが指先で酒の肴をつまんでいる。
「どうして言わないのッ!」
「オレもさっき聴いたばかりだってんだ。大体お前に話す必要なんかねえだろ」
「そういう問題じゃないの、いい?」
ずずいっと顔を近づけて説教体勢で迫ってくるヴァージニアをわずかに身体を引いて避けるジェット。
「問題はね、あなたよ。
あの子はねあなたと違って一般人なの。繊細なのよ。ちゃんと優しくしてあげた?」
一般人だからといって須らく繊細かというとそうでもないし、どちらかというとあれは相当に図太い神経をしている部類だと思うがとりあえず口を挟まない。挟めない。
まず、パイクとヴァージニアは同い年なのだがジェットの友人という前提のせいで年下扱いされているところから突っ込むべきなのか大いに悩むところだ。そこは無視してよいのか。
「ちゃんとフォローしてあげなさいッ!
友達なんでしょ?」
した、とは言えない。
ジェットにはあれで言うべきことは言ったと思っているのだが、この状況では言い返せそうもない。
言い返したところでダメ出しを食らいそうな気もする。
ジェットにできることと言えば。
「……わかったよ」
不承不承、頷くことだけだった。
かなり投げやりな口約束とはいえ、ヴァージニアは忘れてくれなかったし、不幸なことに現場にはギャロウズもクライヴも居た。
言い逃れはできそうにない。まさに袋小路だ。
なんでオレがこんなことを、とぶつぶつ文句言いかけていたジェットを促すようにヴァージニアが後ろから声をかけた。
「来たわよッ」
こそこそと家の陰に隠れながらパイクを指差す。
何故隠れる。
まるで小さい子供のおつかいを見守るような有様だ。
仕方無しに、うしろの応援団3名にせっつかれながら通りに出る。
ジェットが話しかけるより先に、パイクが気づいて走り寄ってきた。
「やあ、ジェット。もう出るのかい?
……でも他のひとたち、見ないけど……?」
「どっかで油売ってんだろ」
例えばその後ろで。
もちろんそんな事実を知らないパイクはふうん、と言っただけで特に詮索はしないまま、頷いた。
「きっと準備で忙しいんだね!」
……それはオレが暇だと言いたいのかこの野郎、と思ったが口にはしない。言ったところで効果はないだろうが。
本当に暇を持て余している彼らがこの成り行きを見守る中で、表向き普通の会話を続ける。
しかし、どうしたらよいものかとジェットは悩む。
何をどうしたら後ろでジェット初の『おつかい』を成功と認めるのか。
そんな痛みを抱えたことなどないのに。
誰かを恋慕したこともない、自分が、何を言っていいのか悪いのかさえ解らないのに。
……イライラしてきた。
悩むことにも、恋だなんて言葉にも。
「おい」
「え?」
知らないうちに声を掛けて。
考える前に、ひょいっと近づいて────
「ななななな何やってるのーッ!!」
「アホかお前はー!!」
いきなり転がるように出てきた仲間3人がわあわあと叫びながら上から押さえつけていた。それで、脳が目覚める。ぼやけていた感覚が叫び声に急速に引き戻された。
だが、なぜ3人とも上から圧し掛かって地面に自分を倒しているのかまでは、ジェットに把握できない。
上を向くことすらできない状態だが、ヴァージニアやギャロウズだけでなく、冷静なクライヴすら泡をくったような様子だ。しきりにすみませんと謝り倒している。
「今すぐこのバカどうにかしますからッ」
「本当にすみません、彼、ちょっとずれてるんで……」
「……重い。退け」
「アンタは黙ってなさい!」
ぴしゃりと遮られ、再度ヴァージニアが謝罪の言葉を口にしようとした、そのとき。
「……は……ははッ」
パイクの、声だ。
小さく押し殺したような声が、次第に大きくなる。
やがて、そこら一帯に響かんばかりの笑い声が変わる。
腹を抱え、目じりに涙を浮かべるほどに笑い転げる彼を、ぽかんとヴァージニアたちは見つめた。
「怒って、ない……?」
おそるおそる、と言ったふうに話すヴァージニアに、パイクは笑いを必死で引っ込めながら返す。
「なんで?」
「何で、ってそりゃあ……」
口を濁す彼女の後をあっけらかんとパイクは続けた。
「ちゅーされたから?
そんなことで怒ったりしないよ。あー、おっかしい」
なおもけらけらと笑い続けながら、3人分の体重を受けて呻くジェットに目線をあわす。
「ありがとう。ジェット。
おかげでなんか、きれいさっぱり出来たよ」
そう言った彼の顔は、昨日までの翳った様子はどこにもない。
うん、と立ち上がって、軽く彼らに会釈する。
「それじゃあ皆さん、お元気で。
僕はこれから仕事があるので失礼しますね」
団子状態の彼らを気にするでもなく、パイクは去っていく。
軽やかに。
砂煙が舞う道で、ぽつりと声がした。
「……だから重いっつってんだよ」
不服そうに述べたジェットの頭をむぎゅ、っと音がしそうなくらい3人で踏みつける。
やっぱり踏まれとくべき、の満場一致の意見を体言するかのようなチームプレイだった。
人肌よりもぬるめのなまぬるさが理想的
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