仇の消息が、見つかった。
一人でだろうと行く、と言ったグレッグに付き合うように、ボクたちは『ゴーレムの左腕』を追うことにした。
ミラパルスで仕入れた情報を元に、その足跡を追う。
道中の雰囲気は決して和やかではなかった。
当然だとも言えるが、当たり前とは思いたくない。
復讐に逸る、とはこのことなのだろう。妙に冷静な頭で納得する。
彼は世の風評で語られれる『ゴーレムクラッシャー』の像とは違って、理性的な大人だ。一緒に旅をしていればよく解る。
世界をあちこち旅をしてきただけあって情報に通じ、ボクらと違った一歩引いた目線で物事を判断できる。そういう人物だ。
なのに。
目の前を行くグレッグは普段の彼らしくなかった。
もしも今、そこの岩陰に『ゴーレムの左腕』が現れたら。
彼はなんの躊躇いもなくそちらへ走り出すのだろう。
ボクらを置いて。
いや、意識の端にすら、上らないのだ。
それが、復讐に囚われたヒトの姿。
ぴりぴりと刺すような気配を纏わりつかせ、血気に逸る。今にもヒトを殺しそうな雰囲気だ。いつもの彼とは正反対の、暴力的な空気に仲間ですら声を掛けるのを躊躇うほどだった。
「グレッグ」
普段は柔らかなアヴリルまで、渋い顔している。彼女はグレッグの側に寄って、凛とした声で呼びかけた。
「何だ」
一触即発の空気が流れても、アヴリルは一歩も引かない。静かに、言った。
「キャロルがおびえています」
キャロルはミラパルスを出てからずっとグレッグから距離を取っていた。
過去に振るわれた暴力を、思い起こさせるのだろう。
「だ、大丈夫です!私なら……」
慌てて弁明し、それに、と続けた。
「グレッグさんの気持ちも、判りますから」
大丈夫と言ってもキャロルは明らかに怖がっていたし、グレッグは小さい子供を虐めるような真似が出来るはずがない。
「……すまん。気をつける」
悪かった、とグレッグはキャロルに謝った。キャロルは小さな手と頭を左右に振りながら恐縮したように謝り返す。その表情に怯えは見えない。グレッグの雰囲気も完全に普段通りとまでは行かなくても、殺気立った空気は霧散していた。
キャロルの隣にいたレベッカもそんな二人の様子に安堵したらしく、ほっと胸をなで下ろす。ディーンやアヴリルが浮かべていた硬い表情も、和らぐ。
ボクもその親子のような微笑ましい風景に、良かったと、息を吐く。
そして、きっと彼らとは違う、もうひとつのことを想って、良かったと、声に出さないまま呟いた。
もうひとつ、とはなんなのか。まだ気づかないまま。
そしてようやく。
あと少しで、答えが出る。
「訊いても、いいかな」
あまりよろしくはないだろう、と知ってはいたがどうしても尋ねずにはいられなかった。
「…………何をだ」
例によってまた仲間から離れ、二人だ。
ボクの知りたいことは、誰かに聞かれたらとてもやっかいだと解っていたし、グレッグ自身も語りたくはないだろうから。
だから、答えてくれないことを前提に言った。
短い言葉で一言突っぱねられるのを始めから期待して。
「復讐するって、どんな気持ちなんだい?」
彼はこっちを横目で見ると、すぐにまた顔を背けた。
帽子でその表情を覆い隠すように深く被りなおすと、囁くような声で言う。
「【想い出】や記憶、ってものはいつか、薄れ行くモノだ」
正しく、ボクの知りたいことを返されている。
ありえない、と思っていただけに心臓が大きく跳ね上がるのを感じる。
その先が知りたい。
彼を復讐へと駆り立てるものの正体、死地へと導くモノ。
聞きたくない、耳を塞ぎたい。
その先を知ってしまえば、もうひとつの答えにたどり着く。解答はあまりにも甘美で、恐怖を伴う。
「良くも悪くも、その時の感情とともに消えていく。
復讐は、言うなれば傷だ。致命傷、と言ってもいい」
帽子に隠れてしまって表情が読み取れない。
だけれど、その下にある瞳が、今、翳っているだろうと予感する。
「麻痺して今じゃ痛みも感じないが……傷があるのは分かる。知っている。忘れられん。
その傷だけが、考えることさえ拒否させる。何も考えられなくなる。傷以外のことは」
そういうもんだ、と締めくくった。
一歩、グレッグに歩み寄る。
「何も?」
「何もかも、だ」
問いかけながらも、ゆっくりと歩みを進める。
暗いせいもあるだろう。まだ、グレッグの表情は見えない。
「昼間のこと、とか」
ふと。
思い出そうと、グレッグが顔を上げた。その出来事が宙に書いてあるみたいに、虚空に目を向ける。
予想した眼の暗い影はあまり見当たらない。
それよりも、脳を揺さぶったのは。
「ああ。あれはキャロルに悪かったな」
あのときに感じたものと同じ。
グレッグが仲間さえ置いて行ってしまうのではないかという危機感と……誰も、何も写さない瞳への苛立ち。
血走った眼に映るのは、彼にとっての傷口だけ。
仲間も。
ボクも、見てはくれない。
「グレッグ、らしくないよ」
何が解る、と殴られるかと思った。
でもいつまで待っても衝撃は来なかった。代わりに、静かな、いっそ穏やかな声でそうかもな、と同意された。
「だが、たとえ逃避と知っていてもやめるなんてできねえ」
そう言った彼は、今までに無く生気に溢れていた。
まるで、はじける前の火薬を思わせる、力強さで。
もう一歩、近づく。
ボクがここまで近くにいることに、グレッグは気づいているのか。
気づいていないとしたら、とても寂しいと思う。
どうしてこんなにも寂しいと感じたり、彼を気に掛けるのだろう。
似ているから?
……死んだヒトを思わせるから?
彼らを救えなかった代わりに、グレッグなら助けられると思ったか?
手を伸ばせば。
その手が届くなんて信じたのは、どうしてだ。
信じたんじゃない。信じたかった。
ボクの想いが届くと。
ようやく、解った。
死んだヒトの代わりでもなく、助けられるなんて傲慢な願いでもなく、僕が求めてきた答えは。
一気に詰め寄って、グレッグの襟を力任せに引っ張る。
前のめりなった顔にボクは近づいて、唇を合わせた。
「キミが、好きだ」
アヴグレも好きです、という話
・やれば出来る子だったんだァッ!!(チャックが)
・「もうひとつ」の理由は……一応明示してあるのですが……わかるのかなあ、コレ
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