3 寝技




 ベッドの上に仰向けになっているグレッグを真上から見下ろす。
 グレッグの顔の両脇に手を突いた状態で、そのまま顔を近づける。
 距離はゼロ。

 口を重ねるだけの軽い口付けのあとに、固く閉じた唇を舐めてから離れる。
 舌に、わずかなアルコールの味を感じた。
 もう一回しようとしたら、その前にグレッグが言葉を発する。
「その辺で止めとけ」
「何で?」
 互いの呼吸音すら聞こえるほどの近さで、話す。
 ボクとしてはアッチの方向に持っていきたいのに、グレッグはどうも拒んでいるようだった。
「まさか……お前今からするつもりじゃないだろうな」
「そのつもりだけど」
 昨日みたいに外じゃないし、むしろ良いことだと思うんだけど、一体グレッグは何が不満だというのだろう。
 僕の答えを聴くと、グレッグは一瞬身体が引きつらせたあと、すぐに弛緩した。抵抗を諦めたのだとしたら嬉しいのだけど。
「…………今はいないからいいけどな。
 そのうちディーンも戻ってくるぞ」
「だよね」
 ボクが頷くと、彼はあからさまに安堵の息を吐いた。
「だから戻ってくる前にちゃっちゃと終わらせないと」
 さて、再開。
 再び顔を近づけると今度は、器用に体を持ち上げないまま、ずるずるとベッドヘッドのほうへと移動していく。
「だから、なんで、逃げるのさ?」
 ボクもその後を追う。グレッグよりはずっと簡単だ。
「いつ戻ってくるかもわからないだろうッ」
「そうだよ。だから早く大人しくボクの言うとおりにしなよ」
「…………出来るかッ!!」
 ベッドヘッドまでの距離なんて、そうない。
「…………グレッグ」
 グレッグは仰向けのままで、その頭のすぐ先には壁にぴったりと寄せられたベッドヘッドしかない。ボクは両手で逃がさないよう閉じ込めておいて、ゆっくりと唇を寄せる。
「……ふッ……」
 息を交換しあうように、口を重ね合う。
 追い詰められたせいか、グレッグは抵抗しない。
 ただボクにされるがまま大人しく受け入れている。
 とろっとした唾液の線を残しながら、口を解放すると、グレッグはやや息を乱しながらボクの左手に両手を添えた。
 その突っ張った状態の手をおもいっきり引かれる。
 外側に向かって。
「いッ!?」
 腱が引き伸ばされる痛みに思わず声が出た。
 それで済まず、片足は痛みを和らげようと足掻く足を押さえ、残った足で伸ばされてる左手の肘をぐいっと押す。
「……ッ!!」
 腱を伸ばされる痛みと、関節を抑えられた痛みに声も出ない。
「あっれー。グレッグ、チャックと何してんだ?」
 扉を開ける音すら耳に入らないほど痛みに意識が分捕られている。
「関節技を教えてやってるんだ」
「へー。
 それにしてもチャック痛そうだな」
「痛いだろうな。そろそろ負けを認めとけ。脱臼するぞ」
 ぎりぎりと痛む肘に耐えかねて、シーツを叩く。固い木製のベッドとはいえスポンジに緩和されて音なんか出ない。
「ギブだってさ、グレッグ」
 無言のまま、グレッグは締め付けていた腕を解放した。
 自由になった体で、ボクの左腕の無事を確かめる。
「いったー……本当に外れるかと思ったよ」
「外すつもりでやるから痛いんだろ」
 ……怖いこと言われた気がする。空気が一瞬ヒヤッとしたような。
「これに懲りたら、今日はもう遊びはおしまいだ。俺は疲れた」
 そう言ってまたベッドの上に戻る。仰向けになって。
 つまりは、今日はあれ以上のことしちゃダメってこと?
「残念だなー。また今度教えてくれるよな?」
「ああ」
 ディーンには普通に格闘技ごっこと映ったわけか。
「約束だぜッ。
 じゃあオレ、下でもう少しレベッカたちと遊んでくるッ」
「あまり夜更かしするんじゃないぞ」
 わかってるって、と答え返す声が尾を引きながら、遠ざかっていく。
 今はいささか眠るには早い時間帯だが、繁華街で遊んでくるような彼らではない。外をうろうろするのに良くない、と判断すれば自分たちで勝手に帰ってくる。
 その時間まで、1時間もない。
 ディーンが消えたあとの部屋で、長々とボクは嘆息する。
「…………やっぱり無理かあ」
 グレッグに釘を刺されたことだし、今日は諦めるしかないのか。
 ……色々考えたんだけどな。
 仕方無しにボクも上着を放って寝る準備に入る。
「遊びに行ってきても良いんだぜ?」
 ぼそりとグレッグが呟く。
 ボクはグレッグのほうを向かないまま、答える。
「いいよ。それよりグレッグと一緒にいたいから」
 折角ふたりっきりなんだし、と言いながら寝間着に腕を通す。
 グレッグが身じろぎしたのか、衣擦れの音がした。
「ベッドだし、昨日に比べたら痛くないだろうからいいかなって思ったんだけど。
 それに良いもの買ってきたのに。使えなくて残念だよ」
 ちらっと、ボクのベッド脇に置いてある荷物を見る。
 袋に入ってて見えないけど、中には。
「……何買ってきやがった」
「ローション」
 必需品だもんね。だっていくら愛撫しても濡れたりしないし。
「…………お前、ヤることしか考えてねえんだろ……」
 憮然とした口調で言われたものだから慌てて向き直る。
 振り返ってみれば、いつの間にか頭まで薄手の上掛けをかぶっていた。そんなに寒いのだろうか。
「違うよ。そりゃ思春期だから、ってのもあるだろうけどさ、ボクはグレッグのこと好きなんだよ。好きなひとだからこそ、したいんじゃないか」
 まあ、あわよくば鳴かせて泣かせて、ボクに従順な身体にしてやろうと思ってましたが。
 解るだろ、と問いかけるが、うんともすんとも言ってくれない。
「……グレッグー……」
 返事くらいしてくれたって、と思って声を掛けたら、また感情を抑えた声音が布を通して聴こえた。
「……そんなこと言ってないで、さっさと寝ろ」
 そんなに怒んなくたっていいじゃん、と思いながらボクも横になる。


「隣、行っちゃダメ?」
「絶対来るな」





「うでひしぎひざがため」。本当は絞技にしようかと思ってました


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